2014年2月22日土曜日

英語嫌いの人のための英語教室

英語が嫌いあるいは苦手という人が沢山いる。

豪州に暮らし始めてから20年以上経ってしまった。
未だにオージー同士の会話の2割位は意味がつかめないでいるが日常生活や商売では苦労していない。

「どうして、あるいはどうやったら英語がある程度のレベルまで達することが出来るのか?」という質問をよく受ける。

これから僕の経験に基づいてどうすれば良いかを書いてゆきたいと思っている。
が、「聞き流すだけで英語が上手になる」とか「これだけやれば大丈夫」ということではない。


僕と英語

私の母は戦前の生まれだが英語教師をしていた。その関係で3歳位の時から強制的に英語を教えこまされたが何がなんだかさっぱり分からず嫌で嫌でしょうがなかった。
この母は所謂教育ママのハシリであった。彼女が勧めるままにカトリック系の小学校に行きアメリカ人の神父様から英語を習った。

中・高一貫教育の学校が新しく出来るということをどこからか聞いてきた母親に素直に従い進学、今度はカナダ系の英語に接することになった。なまじ小学校で英語をかじったものだから中学の最初の英語が簡単に思え、すっかり舐めてしまった。
その結果、中1の2学期くらいからドンドン落ちこぼれはじめ高校卒業する頃は惨憺たる有りさまであった。

ただ高校1年の頃、アメリカン・フォークソングが流行り、キングストン・トリオ、ブラザース・フォー、ジョーン・バエズ、PPMなんかの歌を必死になって聞き、歌詞をまる覚えして歌っていた。その内、歌詞の内容が知りたくなり辞書を引くようになった。

少し後になって、アメリカの漫画「ピーナッツ」をプレゼントされた。漫画だから難しい単語はあまり使われていなかったが言い回しやニュアンスをつかむ事ができるようになったと思う。
これが切っ掛けとなって次にイギリスの作家 A. A.ミルンが書いたウィニー・ザ・プーのシリーズを読むようになった。

大学の授業に「原書購読」というのが有り、英語で書かれた教科書を毎週数ページ翻訳して提出しなければならなかったが、かなり良い点数をつけてもらった。

やがて就職し、貿易部という部署に配属となり、主にイギリスとオーストラリアの会社と付き合うようになった。こうした背景があったので1989年シドニーに駐在することになった。

考えてみると3歳の時初めて母親から英語を教えられてからもう65年も経っているのだ。

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